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落花流水
桜舞う四月。どうしても散歩に出かけたくなるこの季節・・・。俺はどうも苦手だった。仕事が手につかなくなる。仕事をしていてもいつのまにか手が止まっていて頭の中では一点の事で精一杯になる。だから苦手だ。でも、嫌いじゃない。暑いわけじゃないし、何せ気分は上々。手につかなくなるのは勿論俺だけじゃなく、副官もだ。
二人して執務室でぼーっとしていると、いつの間にか目の前には君がいたりする。かなり驚くと、君はクスクス笑って追加書類を差し出した。
「駄目だぞ、シロちゃん。仕事さぼってちゃ」
「どわっ、てめ、雛森!いつからいた!!」
「今さっきだよ。ノックしても返事がないから入っちゃった。乱菊さんも、どうしたんですか?」
「春の陽気で、なんか気合が入らなくて」
「お前は一年中気合入ってねぇだろ」
「じゃあ私がお茶入れてきますよ〜」
「お前は関係ないだろ・・・」
「いいのいいの」
お茶を入れに行くのも面倒だったのは事実。とにかく目の前に増やされた書類をただじぃっと見て・・・いるつもりだが眺めていただけだった。そういえば、雛森が俺の前に現れる前も雛森の事を考えていた。今どうしてるだろう、その程度だけど。
本当、この季節は調子が狂う。だけどこの陽気のおかげで好きな人の事を考えていられるから好きでもある。
現世では別れの季節でもあり、出会いの季節でもある春。ここ尸魂界でも同じ事。別れは闘いにおいて避けられないものだが、出会いはやっぱりこの季節が多かった。新入隊員が入ってくるのも春。現世駐在任務も春。他隊との合同訓練も春が多い。そして、雛森と会ったのも春だった。
「はい、お茶入れたよ」
「さんきゅ」
湯飲みを手渡され、俺は現実へ引き戻された。珍しくぐびぐびお茶を飲んでいると、雛森と目が合った。
「あんだよ」
「なんでもない」
仕事あるから、と自分の隊に戻る雛森の後姿を、ただぼーっと・・・見ているだけだったが、気づいたら追いかけて腕を掴んでいた。
雛森はどうしたの?と顔を覗き込む。自分ではどうしたいのか全然わからなかった。ただ、追いかけたかっただけだった。
「ちょっと散歩しねぇか?」
気づいたらそんな事を言っていた。何を言ってるんだ俺は。本当この季節は気分が狂う。自分が狂う。可笑しくなる。だけど雛森は嫌とは言わず、付き合ってくれた。副官に後で怒られそうだが、あのまま温かい執務室にいても仕事ははかどらないから同じようなものだろう。
どのくらい歩いただろうか。というほど歩いてはいないと思うが、俺達は桜並木にいた。
「綺麗だね、日番谷君」
俺は前面桃色のこの風景に見入っていた。どうしても雛森しか浮かばない。まぁ隣りにいるからっていうのもあるし、桃色っていうのもあるが、連想されるのは雛森ただ一人。
はらはらと舞う桜の花びら。掌を出すと、その上にゆっくり一枚の花びらが腰を下ろした。雛森はその花びらを見つめていた。
「桜の花びらって、ふわふわしてて可愛いよね、なんか」
まさに俺が今思っていた事と同じだった。桜の花びらは、よくよく考えると、男の、女に求める理想そのものだ。ふわふわしていて、掴み所がなくて、だけど掴んでいないとどこへ舞い踊りに行くかわからない。そんな雰囲気のある女は、守りたくなるのだ。
桜並木のすぐ脇には川が流れていた。その川は、春になると印象をごろっと変える。普段はただの水を流すための道でしかないその川は、春は桜の花びらを運ぶ役目を貰う。だからその川は桜が大好きだろう。その川も存在していて良い事を教えてくれるんだから。
川にとっては年に一度の大仕事。各地の男に、大切な事を伝えに行く。
――好きな人には好きって伝えたかい?――
ふっと俺の心にその言葉が届いた。川と桜の花びらが教えてくれたのだ。
「どうしたの?シロちゃん?」
目を見開いて桜と、桜の花びらを運ぶ川を見ていた俺を、雛森は少し心配そうに見ていた。
俺の気持ちは高ぶっていた。桃色のこの世界。男の好みにピッタリ当てはまる女。滅多な事に出会えない。しかし、俺は幼い時から一緒にいて気づけなかったのだ。
「雛森・・・・・・」
俺はまだ子供だ。だけど背伸びをするつもりもない。俺は俺だ。まだ無理かもしれないけど、いつか、いつの日か、俺はお前に大切な事を伝えたい。それまでは絶対知らない人にならないでくれるか?俺の隣りにいてくれるか?
こんな俺でも、ここにいていいんだって思わせてくれる雛森が好きだ。いつか大きくなったら、お前を守れるくらい強くなったら、この事、絶対伝えるから。待ってろよ、雛森!
花びらは舞い踊り、流れる川で泳ぎ、共に生きていく。
何処かで別れるかもしれないけれど辛くはない。
だって心では信じあっているから。
気持ちが揺らぐ事もあるかもしれないけど、川なら大丈夫。
また来年、会いに来るから。
年に一度しか会えない星の物語のように、
川と桜の間、そして俺とお前にも
切っても切れない絆が
存在するのかもしれない。
後書き
春って大好き。ぽかぽか暖かくて心が温まる季節だもん。
そして世界がピンク色に染まって可愛い風景が見られるから。
いつか愛しい君と眺めたい景色。
ふわふわ空中で舞うふらわぁ、桜・チェリー。その姿に男性は心を奪われる。そして好きな人の面影をそこに求める。
この春、あなたは桜を見て誰を思い浮かべるのだろうか。一瞬でも良いから私のこと考えてくれるといいなぁ。
UPDATE:2008.03.25