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一番大切なお前と…

  第一章


これは、西流魂街のとある金持ちの家の話である。

その家は「浮竹」という。父の十四郎、母の烈、娘の椿、そして下の息子の冬獅郎の4人家族である。冬獅郎には幼馴染の桃がいた。浮竹家の近所に住む、そこも裕福な家庭の、雛森家。よく冬獅郎と遊んでいた。
ある日、まだ幼い冬獅郎は、一人で街中を散歩していた。両親共に仕事で忙しかった。椿は真央霊術院へ通っているため、しばらく帰って来ていない。桃も、今年から真央霊術院へ通うことになり、その準備で忙しい。暇で街中に出てきたものの、やはりつまらない。しかし、至って平凡な街の片隅に目をやった冬獅郎は、そこにあるもの、いや、そこに人がいることに、目を少し疑った。そこには、自分よりやや年上らしい女の子が倒れていた。冬獅郎は急いでその女の子の所へ駆け寄った。
「大丈夫?」
冬獅郎は声をかけた。女の子は、ゆっくりと目を開け、目の前で自分を覗き込む冬獅郎に驚いたのか、息を呑んだ。
「大丈夫だよ。僕のママ、優しいし、看病うまいもん。僕の家に来なよ。あ、僕は冬獅郎って言うんだ!」
冬獅郎はそっと女の子に手を差し出した。女の子は暫くためらっていたが、冬獅郎の手を取り、立ち上がった。
「ええと、私は真間郁夏と申します。」



15年後、もう既に冬獅郎は大きく成長してて、なおかつ、真央霊術院を卒業した。今は、どの隊に入隊するかで賑わっている。真央霊術院ではとても優秀で、「天才児」と謳われていた。冬獅郎の所持する斬魄刀の名は「氷輪丸」。天空さえも支配するというその斬魄刀は、氷雪系最強と言われていた。氷輪丸は小さい頃父の十四郎から渡された。
卒業後、冬獅郎は浮竹家へ帰宅した。
「真央霊術院をトップの成績で卒業した。これも、父さんがあの日、氷輪丸をくれたおかげだ。」
「いや、実はその斬魄刀、預かっていたものだったんだ。」
どういうことだろう、と首を傾げる冬獅郎を余所に、十四郎は続ける。
「氷輪丸は、昔、真間郁夏殿から預かったものなのだ。」真間家は、歴代一の斬魄刀生産一族であったと真央霊術院で習った事がある。「であった」と過去形の理由は、もう「郁夏」という娘しか残されていないからであった。という事は、その真間家最後の郁夏殿に、この氷輪丸を渡されたという事なのだろうか…。
「郁夏殿は…お前、冬獅郎の……婚約者だ。」
冬獅郎はそう聞かされ、ああそうですか、と素直に聞いていられなかった。気になる事がこれでは多過ぎる。
「どういう事なんだ、父さん!」
まあ、そう焦るな、と冬獅郎を促し、過去の話をし始めた。
「お前がまだ小さい時にな…」



「パパー!ママー!街に女の子が倒れてたんだ!早く治してあげて!怪我はないんだけど、具合悪いみたいなんだ…」
十四郎と烈は慌てて玄関へ走ってきた。一人で出て行ったはずの冬獅郎の隣りには、冬獅郎のやや年上の娘がいた。
「まあ、大変!今からこの子を治します。冬獅郎、少し待っていて下さいね。この子はすぐ治しますから。」
烈は優しく冬獅郎に微笑み、女の子を抱いて奥の部屋へ行ってしまった。残された十四郎と冬獅郎は、烈の後姿を見送り、その後、十四郎は冬獅郎の腕を取り、書斎へ向かった。
「郁夏ちゃん、早く治るといいね。」
「ん?」
「あの子ね、郁夏ちゃんって言うんだよ。さっきお名前聞いたんだ。」
冬獅郎は先程街中で見かけた事を詳しく説明した。しかし、十四郎はそこが問題で黙り込んでいるのではなかった。「郁夏」という名前がずっと引っかかっていた。冬獅郎はどうしたのかと十四郎の顔を心配そうに覗き込む。
「…パパ…?」
いつもなら、どうした、冬獅郎!と言って飛びついて来る十四郎が、まるで自分の存在に気づいていない様に黙り込んでいる。これには冬獅郎も心配になった。
「どうしたの?パパ…?」
ずっと黙り込んでいたかと思ったら、ハッと目を見開いた。驚いた冬獅郎は少したじろいだ。
「パパがおかしいよぉ!」
「思い出した!真間郁夏殿か!!」
やっぱり変になっちゃった、と冬獅郎は泣き出してしまった。十四郎はよしよしと冬獅郎を抱き上げた。
「悪い悪い、冬獅郎、あの子は、歴代一の斬魄刀生産一族の、真間家の娘なんだ。」
「真間?」
冬獅郎は零れる涙を拭い、十四郎の話に耳を傾けた。
「ああ、そうだ。」
「真間家の娘さんでしたか。」
烈は郁夏を治し終わったのか、部屋に入って来た。また、先程の話を聞いていたらしい。どれほど郁夏が凄い人なのか未だに理解出来ていない冬獅郎は、ただ先程知り合ったばかりの郁夏の心配をしていた。
「郁夏ちゃん、治ったの?」
「ええ、少し休めば大丈夫です。」
良かったぁ、と冬獅郎は胸を撫で下ろした。

その後、郁夏と冬獅郎は仲良くなり、よく遊ぶようになった。



「でもな、ある日を境に、郁夏殿は来なくなってしまったんだ…」
少し残念そうに十四郎は呟いた。
「ある日ってなんなんだ!?」
「ああ…」



「こんにちは、十四郎さん。」
「ああ、冬獅郎なら外で遊んでいるよ。」
冬獅郎と遊びに来たのだろうと予想した十四郎は、郁夏に冬獅郎の居場所を伝えた。しかし、郁夏は冬獅郎と遊ぶために来たわけではなかった。
「いえ、今日は渡したいものがありまして…」
そう話しながら、郁夏は、背中に隠していたらしい一本の斬魄刀を差し出した。
「これを、冬獅郎さんが大きくなった時にお渡し下さい。きっと、役に立つと思います。それでは私はこれで…。冬獅郎さんには、暫くこの事を告げないとお約束下さい。大きくなった時、今話すべきだ、とあなたが存じた時に話して下さい。それでは…」



「そう言って、郁夏殿はいなくなってしまった。今でも消息不明状態なんだ。それ以前に、郁夏殿のお父上、お母上とも、お前を郁夏殿の婚約者にしようという話があった。」
暫し冬獅郎は考え込んでいた。そんな過去があったような…と過去を辿っていた。
「なあ、冬獅郎…彼女を探してあげてくれ…。お前も、真間家最後の娘が郁夏殿だと知ってるだろ?」
ああ、と返事をし、氷輪丸に手を伸ばした。
「郁夏殿を探しに…旅に出る。…駄目か、父さん…」
「行って来い、冬獅郎。郁夏殿をちゃんと見つけろよ!」
ああ、と言い、そのまま部屋を出たが、部屋の外には烈と椿、桃がいた。
「冬獅郎君、行っちゃうの?」
イヅルと付き合っている桃であったが、とても切なそうな顔をしていた。本当は卒業おめでとう!と言いに来ていたのだ。また、椿も寂しそうな顔をしていた。
「ああ、行かなくちゃなんねぇ。今まで皆、ありがとな。」
「大人になりましたね、冬獅郎…」
表情からはなかなか気持ちを掴めない烈だったが、心ではとても悲しんでいるのは確かだ。
「今まで世話かけたが、もう…暫く俺は……ここに戻るつもりはねぇ!!」
もう覚悟を決めた、頼もしい目をしている。その場に居合わせた皆がそれを確信し、涙を見せずに別れを言う事を誓った。
「行ってらっしゃい、冬獅郎…」
「元気でね、冬獅郎君…」
「帰りを十四郎と待っております…」
ああ、と言った時には既に桃の横を通り過ぎた後だった。
いつもより大きい冬獅郎の背中に、郁夏殿が見つかるよう、皆の祈りが乗せられた。



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