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一番大切なお前と…
第三章
冬獅郎が目を開けた時には、もう自分の布団の上だった。いつの間にか鳳雅で家に着いてしまっていたらしい。郁夏が心配で、勢いよく起き上がった。しかし、まだ全身が痛んでいる。
「おいおい冬獅郎。郁夏殿は大丈夫だ。ゆっくり寝てろ。」
隣りには十四郎が座っていた。その向こうの布団の上には郁夏がスヤスヤと心地良く眠っていた。どうやらお互い無事に浮竹家へ辿り着けたらしい。良かった…と冬獅郎はまた布団の中に戻った。
そして、郁夏に告げられた、十番隊の隊長の座について冬獅郎は考えを巡らせた。
自分のような子供が、隊長などと誰が信じる?今の隊長達から浮くだけ…。いや、まて、俺の両親共に隊長じゃねぇか。十四郎は十三番隊、烈は四番隊だ。それなら何とかなるかも。でも、十番隊の隊員が俺の事認めてくれるのか?郁夏が認めたからと言って、ああそうなんですか、へぇ〜と二つ返事で俺に頭下げるのか!?はっきり言って無理な話だぜ…。つい先日までいた隊長がどんな人だったか俺知らねぇし…。どうやって振舞えばいいんだよ!あー考えるだけ疲れるだけだ…。郁夏が起きたら二人で考えよう…。
かなり眉間に皺を寄せて考えていたのか、十四郎は心配して冬獅郎を覗き込んだ。
「おい、冬獅郎、大丈夫か?苦しいのか?」
「あ、いや、考え事してただけだよ。俺、十番隊の隊長になるんだ…」
「な、なんだって!?本当か!?郁夏殿と結婚しないのか!!?」
思い切り顔を近づける十四郎と発言に驚いて、冬獅郎は布団にもぐった。布団から少し顔を出すと、十四郎にその経緯について話した。
「なるほどなぁ。じゃあ、郁夏殿が起きたら早速結婚式だ!」
気の早過ぎる親に呆れて長い溜め息をついた。すると、隣りの布団がモゾモゾと動き出した。
「お早うございます、冬獅郎さん、十四郎さん…」
もう起きちまった…父さん、早速結婚とか言うなよな…?と言いたげに冬獅郎は十四郎を睨みつけた。その視線の意味を理解しながらも、十四郎は早速話し始めた。
「郁夏殿!お早う!うちの冬獅郎が十番隊の隊長になるんだね。さっき冬獅郎に聞いたよ。それで…どうだろう、うちの冬獅郎と…結婚なんて…?」
郁夏は目をパチクリさせている。そして、冬獅郎に視線を移した。冬獅郎は顔が熱くなるのを感じ、目を逸らした。
「冬獅郎さんと結婚…ですか?」
首をかしげながら十四郎に視線を移し、呟いた。暫く郁夏は黙り込んでいた。冬獅郎は、まだ早いじゃねぇか、と言おうと口を開きかけたが、郁夏の言葉の方が先に出てしまった。
「そうですわね…。私も、もし冬獅郎さんにまた会える日が来るのなら、それを望んではいました。」
それを聞き、冬獅郎は視線を郁夏に戻し、目を見開いた。郁夏は冬獅郎に微笑んで見せた。その表情が何を意味するのか、何となくわかった。『これからもよろしく』、そう郁夏が言っているような気がした。
「さぁて、今から結婚式だ!烈に知らせてくる。それまで、二人で話しててくれ!!」
陽気に飛び出す十四郎の後姿に苦笑した郁夏だったが、冬獅郎に向き直った。冬獅郎は、郁夏の視線を感じ、郁夏に視線を移した。しかし郁夏の視線は、とても痛く、鋭く、かつ真剣で、冬獅郎は驚いた。そんな冬獅郎を余所に、郁夏は放し始めた。
「私、話さなければならないことがあります…。あれは、十四郎さんに氷輪丸を私に行く前の晩の事です…」
真間家の為、毎日熱心に斬魄刀を作り続けていた郁夏の両親。しかし、あの晩、何かを思い立ったように森の奥へと二人の娘、蓮美と郁夏を連れて向かって行った。
森の中の少し広い場所の陰に蓮美と郁夏は座らされた。
「今から………斬魄刀を作る。」
郁夏の父は母と向き合った。二人は頷き、目の前にある名も無き二本の刀に力を注ぎ込んだ。すると、竜巻のようなものが父と母を取り囲んだ。それは、新しく出来る刀から流れてくる霊力の影響である。何度も斬魄刀を作る現場に立ち会っていた蓮美と郁夏は、じっと新たな斬魄刀が出来るのを待っていた。しかし、なんだかいつもと雰囲気が違う気がして、蓮美も郁夏も顔を見合わせた。
「ねぇ、なんか今日長くない?」
それには郁夏も同意した。すると、刀から流れ出ていた霊力の竜巻は収まり、前が見えるようになった…。が、父も母も倒れている。
「パパ!ママ!!」
蓮美と郁夏は二人の下へ走って行った。母は、郁夏に今出来上がった斬魄刀を差し出した。
「郁夏、これは、あなたへの最初で最後の贈り物です。受け取りなさい。」
母の手から、渡された斬魄刀を受け取った。しかし、父もこちらに斬魄刀を差し出している。驚いて郁夏は父を見つめた。
「そう驚くな。こっちのは、君の婚約者、冬獅郎君の物だ。あの子はまだ幼い。しかし、将来絶対やってくれると俺は信じている。あの子の父上の十四郎に預けてくれ…」
郁夏は二つの斬魄刀を握り締めた。母は、最後の力を振り絞り、話し始めた。
「私達は、もう全ての力を使ってしまいました…」
「そ、そんな…」
蓮美と郁夏はその場に固まってしまった。そんな事、信じたくなかった。もう、父にも母にも会えなくなるなんて…。声にもならないくらい小さく呟き、その場に座り込んでしまった。
「二人とも、幸せに暮らすんだぞ…」
父のその台詞が最期だった。それからは、どちらも目を開けてはくれなかった。蓮美と郁夏は、土を掘り、そこに父と母を埋葬した。
翌日、蓮美はまだ幼い郁夏に問いかけた。
「ねぇ、郁夏。冬獅郎さんに、その斬魄刀渡すの?」
「うん。パパが冬獅郎さんにって言ってくれたものだもの。パパとの約束、守りたい。」
「そっか。じゃあ、その冬獅郎さんにじゃなくて、父上に渡してきな。それでもう…冬獅郎さんに会わないで帰って来なさい。」
「なんで!?」
郁夏は何故冬獅郎と会っていけないのか全く理解できなかった。
「あんたが辛くなるだけ。あんたは、これからそのお母さんがくれた斬魄刀を使いこなせるようにならなくちゃ。それからよ、冬獅郎さんに再開できるの。」
郁夏はよく理解できなかったが、蓮美の真剣さが伝わってきて、その通りに行動をした。十四郎に斬魄刀を渡し、自分の斬魄刀を使いこなせるように修行を始めた。
「という事です。私の姉、蓮美はその後、大きな虚に呑まれてしまい…。私しか残されなくなってしまいました。それからはとても貧しく、飢え死にになりかけていました。父と母が残したお金で、真央霊術院に通い、トップクラスで卒業、その後今いる十番隊で稼いでおります。」
そうだったのか、と冬獅郎は納得した。そして、新たなる誓いが込み上げて来た。『俺が十番隊の隊長を勤め、郁夏に少しでも楽にさせる』事と、『絶対に、護りぬく』という二つの誓いである。その誓いを忘れないように、という意を込め、冬獅郎は郁夏を自分の所へ引き寄せ、強く、そして優しく郁夏を抱き締めた。それから、郁夏の柔らかな頬に優しく口づけた。