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White Chick


少し雲がかかった薄暗い今日の尸魂界。しかし現世に派遣され、エスパーダと闘った十番隊の冬獅郎・乱菊両名は破面のデータをまとめるのに今日も必死だった。自ら怪我を負いながら相手の特長や戦いのスタイルを見極めていた。しかし相手も相当の使い手だからこちらも苦戦しまくった。傷は治っているが、まだ痛みは微量だが残っている。
そんな十番隊だが、共に現世に赴いていた六番隊の恋次や十三番隊のルキア、十一番隊の一角、弓親も同様に書類におわれている。

「なんですかっ今隊長、副隊長は仕事中です!!!」

突然隊員が声を張り上げて急な来客に対応しているのが、執務室にいた冬獅郎・乱菊の耳にも届いた。何事だろう、と思い二人が顔を見合わせていると、その来客が自分たちの名前を呼んだ。

「日番谷隊長!松本副隊長!!」

声からして、恋次である事は二人にもすぐにわかった。書類を持っているのであれば隊員に渡すか、または隊員も執務室に通すだろう。しかしその隊員は必死に恋次を止めている。恐らく私用だと察した、という事は書類を持ってきたわけではないようだ。
頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、乱菊は執務室の扉を開けた。恋次の足を必死に止める隊員に、「大丈夫よ、仕事に戻って」と笑顔で言い、執務室内に恋次を招きいれた。
席から離れず、冬獅郎は中に入って来た恋次の顔を睨みつけながら、やって来た理由を冷たく尋ねた。少し不安そうに執務室の中をキョロキョロ見渡している。
冬獅郎と乱菊にしてみれば、怪しい事この上ない雰囲気で、さらに怪しむ。

「おい、人の隊の執務室の中を見渡すな」
「いや・・・そうじゃなくて・・・・・・雛森、来てませんか?」
「ここは十番隊だぞ?」
「ですが・・・」

ここに来るに至った事、それから雛森を探している理由を恋次は一部始終説明した。
その説明によると、恋次は先程仕事の関係で五番隊へ行った時、三席の子に呼び止められたらしく、「隊内をいくら探しても副隊長が見つからないんです」と涙ながらに探すよう頼まれたらしい。
普段なら執務室の中か隊長の部屋を片付けていたり、外の掃除をしたり、屋根の上で空を眺めたりしているらしいが、どこにもいないのだと言う。仕事を放り投げ、副隊長を外へ探しに行く事が出来ないほど仕事が大量にあり(隊長がいないからその分忙しいのだ)、隊を離れる事が出来ないので、もし見かけたらすぐ戻るよう伝えて欲しい、と頼まれたのだそうだ。それで一番雛森がいそうな十番隊へ来たのだという。
雛森がいそう、というのは、元々雛森と日番谷が幼馴染みでよくここに来ているのを見ているし話にも聞いているからなのだが、今日どころかここ最近ずっと十番隊には来ていない。五番隊も十番隊も、ここ最近は仕事尽くしで非番もとれないし、いくら幼馴染みの隊でも、お邪魔しに行く余裕もなかった。

「そうっすか・・・じゃあ隊長、もし雛森がここ来たらすぐ隊に戻るよう伝えておいて下さい」

恋次はそう言うと、執務室を静かに後にした。
それを乱菊は明るく見送っていたが、恋次の後姿が見えなくなると真剣な顔つきになり、冬獅郎の顔を覗き込んだ。彼は眉間に皺を寄せてじっと書類を見つめていた。

「探しに行かないんですか?」
「すれ違いになっても嫌だから、これが片付いたら探す」

乱菊は心配で尋ねたが、冬獅郎の方は仕事のし過ぎでか、桃の事なのに珍しく冷静に答えた。

「じゃあ私もお手伝いします。早く片付けて雛森探しましょう。その間にひょっこりここへ来るかもしれませんし」

一人で探すより、二人で手分けして探した方がこの場合は良さそうだと二人は意気投合した。自分の隊にいないのであれば、探すのは一苦労である。尸魂界は広い。一筋縄ではいかないのはわかっていた。
それにしてもなぜあんなに真面目な桃が、仕事を放棄して隊を抜け出したりしたのだろう。それも人の目につかないような所であろう。
二人が再び仕事を始めて一時間がたっても、桃は十番隊に現れなかった。
不安が隠せず、乱菊は急に立ち上がり、今までまとめた書類の入っている棚をあけ、五番隊に持って行かなければならない書類を全て集め、冬獅郎の前に立った。

「私、五番隊行って様子見てきます。しばらくお待ち下さい!」

いつも以上に動きが速い。普段なら仕事などせず寝転んでいるのだが。それだけ心配なのだろう。
さぼりてぇだけだろ、そう呟く冬獅郎だが、そういう彼が一番心配していた。しかし、まとめると自分で言ってしまったから仕事は放棄出来ない。それにあと数枚で片付く。
最後の一枚を仕上げ、背伸びをしたのと同時に、執務室の扉が開いた。どうやら五番隊に様子を見に行った乱菊が戻って来たらしい。

「終わったみたいですね。探しに行きましょう」

その一言で、桃が自分の隊に戻っていなかった事は聞かなくても分かった。あえて辛くなる言葉を使わなかったのだろう。
隊の事を部下に頼み、二人は手分けして桃を探しに出かけた。
よく桃が寝転んでいる木陰、広場、銭湯、自室・・・。彼女が訪れる可能性のある、ありとあらゆる場所を念入りに探した。勿論銭湯や自室は乱菊が探したが。
集合場所として手っ取り早く選んだ十番隊に戻って来た二人は、顔を見合わせ、互いに首を横に振った。

「何処へ行ったんでしょう・・・雛森・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「何か、心当たりありません?」
「・・・・・・なぁ、松本。頼みがある」
「何ですか?」
「俺は、これから潤林安に行く。今からだから、もしかしたら明日までに帰って来れないかもしれない。その時は、隊の事頼む」
「潤林安って・・・まさか、流魂街ですか?」
「他にもう雛森がいそうな場所がねぇ・・・」
「・・・・・・わかりました。それじゃあおばあさんによろしくお伝え下さい。それと、お気をつけて」

もう他に手はない、という考えが冬獅郎の表情から読み取れる。いつも以上に不安そうな顔付きをしていた。尸魂界の中には、もうほとんど探す場所はない。残っている場所は数箇所だから、この後とりあえずそこを探そう、と乱菊は考えていたが、その考えは消され、冬獅郎に託す事にした。
その代わり、明日は冬獅郎を非番にさせた。ここ数週間休みなしだったから、一日くらい休みもないと持たないだろうし。自分は何日か休みを貰っているので、と冬獅郎を安心させるのが一番だと感じたのだ。

「ありがとう、松本。あとは頼む」
「そちらも」

そして二人はその場を後にした。





西流魂街第一地区、潤林安。ここで幼い頃、冬獅郎と桃は出会い、共に助け合い、支え合い、暮らしていた。
冬獅郎は近所の人たちに避けられていたが、桃と二人を育てたおばあちゃんは冬獅郎を嫌がらず、逆にとても親しんでいた。冬獅郎と桃は姉弟のように仲良く遊んでいた。

「ばあちゃん、ただいま」
「おや、冬獅郎。迎えに来たのかい?」

昔暮らしていた家の扉を開けると、前よりも少し痩せてしまった冬獅郎達のおばあちゃんが腰をおろしていた。その傍に、桃が半分泣いた状態で座っていた。

「シロ・・・ちゃん・・・・・・?どうして・・・・・・・・・いたっ」
「どうしても何もねぇだろ!仕事ほったらかしやがって!!皆心配してっぞ!?」
「皆・・・?」

殴られたのも痛かったが、それよりも自分の隊の仲間たちを思い出して、更に涙が零れ落ちた。きっと帰ったらみんなの信頼がなくなっていそうな気がして。
ここ最近休みがなくて、おばあちゃんにも会えなかったから、と涙ながらに語る桃。いつもは冬獅郎と桃が両方非番の時に訪ねていたが、数週間互いに非番が取れず、ずっと来ていなかった。桃は仕事にノイローゼになったのか、気づいたらここに来ていたそうだ。
おばあちゃんに会い、冬獅郎に会い、泣くだけ泣いて気持ちが落ち着いたのか、もう涙は零れていない。

「ごめんなさい・・・」
「謝るのは俺じゃねぇ、隊の奴らだろ。探してっぞ。隊長がいない今、隊員の頼りになるのは雛森、お前なんだ。しっかりしろ」

強い言葉で言いつける冬獅郎だが、真っ直ぐ優しさを表現できない不器用な彼なりの優しさの見え隠れする台詞に、桃自身もようやく本当の落ち着きを取り戻していた。
その言葉をもう一度自分の胸の中で言い聞かせ、冬獅郎の顔を真っ直ぐ見る。

「そうだよね。うん、ごめん!もう大丈夫。皆にも謝らないと!」
「・・・ふっ、戻ったみたいだな。・・・・・・ばあちゃん、悪いな、邪魔して」
「・・・今日はここにいなさいな。外はもう真っ暗だよ」

言われ、二人は外を見ると既にもう真っ暗で、点々と明かりがついているのが見えるくらい。確かにこのまま帰っても危ないだけだし、もう隊員達も帰ってしまっていて隊にはいないだろう。
おばあちゃんの言うとおり、二人は今晩、久しぶりにここに泊まる事にした。

「そうだばあちゃん、伝言だ。俺に旅立ちを促した人から」
「あの子だね・・・」
「あぁ。『いつまでもお元気で』と伝えろって言われたのをずっと忘れてた」
「そうかい。会ったんだね」
「あ、あぁ」

ばあちゃんが少し微笑んだ。それだけで冬獅郎も自然と微笑みを取り戻していった。



その夜は久しぶりにくつろいだ。桃の隣り、布団に入り、冬獅郎は慌しかった今日一日の事を思い出していた。しかし一日の終わり、かなり久しぶりにばあちゃんに会えて桃も落ち着いて、冬獅郎自身も安心していた。
本当はこうなる事は予想していて、桃を探し回っている最中、五番隊の三席の子に桃の明日の非番許可を取っていたのである。
そんな事を知らず、能天気にすやすや眠る、桃の久しぶりに見た落ち着いた寝顔を、冬獅郎はただじぃっと見つめていた。


後書き
冒頭で書いたように、とりあえず総隊長に言われて渋々エスパーダとバトルした死神達が尸魂界に戻った所ですね。恋次とルキアがウェコムンドに乗り込む直前くらい?
兎に角心配しまくってる日番谷を書きたかったんです。そして、おばあちゃんを書きたかった。
漫画32巻の読み切りの余韻があるうちにと思って、載せる事にしました♪


UPDATE:2008.02.16
ルミガンで素敵なまつげ