小説メニューへ

星に願いを


つい先日、各隊舎に一本ずつ巨大な笹が設置された。理由はあと二週間で七夕だから。

笹が設置されてすぐ、隊員たちは隊舎の色々な場所に無造作に置かれた短冊を使って願い事を書いては笹につけに行く。
それはどの隊も共通で、みんな盛り上がっていた。
十番隊もそうなのだが、願い事の数が他の隊に比べて極端に少ない。
忙しくてそれ所ではないらしい。そのせいで十番隊の日番谷隊長は眉間のしわが増えるばかりで、その重たい空気で執務室の雰囲気はとても暗い。

「ねぇ、隊長。気分転換にお願い事書いてきたらどうです?」
「喋る暇があったら仕事しろ。それでなくても減らねぇんだから」

副隊長である松本は、どうにかして日番谷の気分を良くしようとするが、この書類の数より、一向に腰を上げない隊長である。
するとそこへ隊員が執務室の扉を叩いた。

「すみません、日番谷隊長いますか?」

日番谷は扉を睨みつけながら自分の部下の返事に答えるべく腰を上げた。

「なんだ?」
「あの、最近疲れているようですので、これを差し上げようかと・・・」

その隊員は甘いもの苦手の日番谷でも食べられるように、と今まで冷やされていたらしい抹茶味のアイスともう一本、オレンジ色のアイスを差し出す。

「こちらは松本副隊長に」
「あら、いいの!?」

松本は嬉しそうに走ってくる。隊員は喜んでくれたのが嬉しくて、笑顔で「はい!」と答えた。

「じ、じゃあ貰っとくぜ」
「あの、一つ聞きたいんですが、隊長がやらないような書類がありましたら受け取ります。こちらでやりますので・・・」
「いや、大丈夫だ。ほら、お前らも仕事山積みだろ?」
「でも・・・・・・」
「いいからっ」

そう言って日番谷はその隊員の背を押して外へと追い出した。

「溶けないうちに召し上がって下さいね!!」

隊員はそれだけ言うと走って行ってしまった。

「さぁて、頂こうかしら?」
「そうだな。この暑さじゃすぐ溶ける」

二人は袋を開け、アイスをかじり始める。

「つめたっ!」

日番谷は渋めのアイスのあまりの冷たさに少し驚きながらも食べている。

「隊長、いつも冷たいものまとってるじゃないですか」

アイスを食べながらその日番谷の動作を見て言う。身体の中には入れない、と意地を張りながら日番谷はかぶりついていた。
余程疲れていたに違いない。日番谷は身体が無性にアイスを欲しているのを感じていた。こんなになるまで仕事をしていて続くわけがないのに、意地っ張りな日番谷だから、どうしても止める事など出来ないし、部下に渡す事もしなかった。

「隊長、身体壊す前に書類を下に渡した方がいいんじゃないですか?隊長に頼まれた仕事をやらない隊員いないわよ、ここには」

松本は日番谷に対して文句を言ったりしながらも一番慕っている。それと同じように十番隊員たちは日番谷の為に働いているのである。それはみんな一緒である。

「少しは隊員を信頼してもいいんじゃないですか?隊長が少し甘えたくらいで嫌がる人はいません、この隊に」

松本は知ったような口を利いているが、実際それは本当の事。日番谷は少し考え、そして松本にお願いをする。

「じゃあ一つ良いか?」
「なんでしょう?」
「七夕の日は俺は非番でいいか?」

たった一日でも休みたい、という意味でない事くらいずっと日番谷の副隊長を務める松本にはすぐに伝わった。ためらいなしに頷く。
その願いはそれまでひたすら仕事をこなす、という事で承諾された。



七夕前日、日番谷は五番隊へと向かった。もちろん五番隊宛ての書類を届けに行く、と言って。

「ちわー」

日番谷は五番隊執務室の扉を開け、中に居た藍染と雛森に挨拶をした。

「やあ、日番谷君。また仕事かい?」
「ああ。これだ」

日番谷は藍染に書類を渡しながら雛森をチラリと見る。ここ最近忙しかったという証拠を目の下に作っていた。

「なぁ、今時間いいか?」

日番谷は藍染に尋ねた。

「雛森君、少しいいかい?」
「はい」
「雛森、あんま無茶すんじゃねぇぞ」

日番谷はそれだけ忠告すると扉の向こうへ消えていった。
雛森はその姿を見て少し微笑んだ。暫く忙しすぎて十番隊にも行けず、日番谷の顔を見れなかったから。


「なぁ、雛森をあんな状態にさせるまで仕事させてたのか!?」

執務室から離れた廊下で日番谷は怒鳴り始めた。藍染はその日番谷の様子と打って変わって正反対の態度でその答えを述べた。

「休むよう促したんだけどね、休まずやってくれていたんだよ」
「じゃあよ、今晩はゆっくり寝かせてやれ。それで明日は非番にしてやってくれ」
「明日って七夕かい?」
「そうだ。せっかくの七夕に仕事をこなしてなくちゃいけねぇなんてアイツの年からして少し無茶だろ。目の下に隈まで作らせやがって」
「わかったよ、今日はゆっくりさせてあげるから、そう怒らないでくれないか、日番谷君。明日も君の望むよう非番にする。それでいいかい?」
「文句なしだ」

日番谷は勝ち誇ったように腕を組み、藍染に別れを告げて十番隊へと戻って行った。


「雛森君、待たせたね」
「いえ、平気です、藍染隊長。・・・あれ?日番谷君は・・・?」
「ああ、仕事が山積だと言って話が終わると帰ってしまったよ」

雛森はその後少しだけでも話せると期待して待っていたのだが、それはどうやら叶わなかったらしい。
そして雛森は思い出したように日番谷と何を話していたのか藍染に尋ねた。

「別に大した事じゃないよ。仕事の量が多いから日々ストレスがたまってたんだろうね。怒りを僕にぶつけてきたよ」

参ったよ、と苦笑いしながら藍染は席に着いた。

「日番谷君ったら、藍染隊長に怒ったなんて!何もしてないじゃない!!」
「大丈夫だよ。それにそういう愚痴を聞くのもたまにはいいじゃないか。頼られていると感じるというか」

いくら元気な素振りをしていても、いつもと少し違う感じはする、と雛森を見ていて前から気づいていた藍染だが、どうにも雛森は意地を張ってばかりで、全く休もうとしていない。

「ねぇ、雛森君。今日は早くあがっていいよ」
「え?でも・・・」
「最近すごい頑張ってくれてるし、僕としてもそれだけで助かってるよ。仕事が減らないのはさっきみたいに書類が次々に回ってくるせいだし、それに女の子に目の下に隈を作らせるような隊長だと僕が勘違いされそうだしね」

雛森は慌てて鏡で自分の顔を確認する。そこには目の下にはっきりとした隈が出来た自分の顔がある。
藍染はその動作を見て苦笑するが、すぐ先程日番谷にしつこく言われたようにするか、と思って雛森を手招きする。
それを見て雛森は元の場所へと戻る。

「今日は早めに上がってゆっくり休むと良いよ。それと、明日も非番で良いよ」

必死に顔を横に振る雛森だが、もうわがままは聞かない、と今度は藍染が意地を張る。
まぁそれはこれ以上副隊長である雛森に仕事を続けさせると自分が殺されそうな気がしたからだ。

「わ、わかりました・・・。明日はゆっくりさせて頂きます」

ペコリと有り難く頭を下げ礼を言うが、その数秒後には行動を変えて、「上がるまでやるぞ!」と雛森は腕まくりをして仕事を再開した。



その頃日番谷は十番隊にて短冊に何の願い事を書くか、という新たな手強い仕事とご対面していた。

「隊長、そのくらいで悩まないで下さいよ・・・」

また空気が重い十番隊執務室でお茶をすすりながら松本が溜息を吐き出す。
それに引き換え日番谷は眉間のしわを増やして短冊を睨んでいた。

「だから、雛森に今度こそこくh」
「言うなっ!!!」

顔を真っ赤にして松本に怒鳴るが、そんな事言われても、と松本は肩をすくめる。

「じゃあ身長伸ばしたいとか・・・」
「・・・!」

今度は言葉に出来なくて松本を睨みつける。気にしてることを言うな、と視線で言うが松本はそれを手で払いのける。

「まったく、そのどっちにしようか迷ってるくせに私に当たらないで下さいよ」

日番谷はそこまでばれていた事に驚いて視線を送るのを止めて筆を短冊に走らせた。
何を書いたかなど松本には見える筈はなく、無言で短冊に願いを書いて外へと飛び出した。
残された松本は、後でこっそり日番谷の書いた願いを見に行くことにして仕事を再開した。



そしてついに七夕当日。朝から昼まで部屋でくつろいだりしながら日番谷は夕刻をずっと待っていた。その長い時間は日番谷にとっては一瞬の事のようであった。
雛森のことを考えながら過ごす時間はとても短かった。

「日番谷君、いる?」

突然やってきた来客者、もちろん雛森。驚きながらも日番谷は扉を開ける。

「どうしたんだよ?」
「藍染隊長に今日非番を貰って、部屋にいたんだけどね、暇で十番隊に遊びに来たんだけど、日番谷君も非番だって乱菊さんに聞いたの」

事の経緯の終始を話し、雛森は日番谷の隣りに座る。

「今日って七夕なんだよね」
「あぁ」

日番谷は肩に感じた重みと温もりがとても久しぶりの気がして気がそちらへ完全に向いてしまい素っ気ない返事を返すが雛森には気づいていない。

「ねぇ、今日の夜、開いてる?」
「開いてるが、なんで?」
「今日尸魂界で花火大会があるんだって。それを日番谷君と二人で見たいなって」

雛森は日番谷の肩から頭を上げて日番谷に笑顔で誘う。その顔を見て日番谷は断る事など不可能だった。

「開いてる・・・」
「じゃあ、一時間後くらいに五番隊の私の部屋に来てね!」

準備があるから、と言って雛森は日番谷の隣りを離れて部屋を出て行ってしまった。
日番谷はそれを切なくは思わず、自分も支度をしようと腰を上げた。



その頃十番隊執務室では、今日の予定について副隊長の松本を中心に話し合っていた。

「今日は夜の七時から花火大会よ。それでなんだけど、その一時間前には仕事を打ち切りましょう」
「えっいいんですか!?」

隊員たちは突拍子もない松本の台詞に即座に突っ込む。
しかし松本は気にする様子もなく、減ってきた自分の机の上の書類を指差す。

「もう結構仕事も減ったし、それに尸魂界で年に一回しか行わない七夕の花火を楽しみたいじゃない?だから今日は六時には全員上がり!あとは明日よ」

松本はそれだけ言うと隊員を執務室から追い出す。隊員たちは驚きながらも今日の花火大会の為に少しでも仕事を多く済ませようとすぐ仕事に取り掛かる。

あんな事を言って置きながらあと三十分で六時である為何もせず、窓辺に腰かける。

「隊長、今日はどおすんのかしら。・・・あ、そうだ。隊長、どんなお願いしたんだろ」

昨日日番谷が短冊に記した願い事が気になった松本は、外に出て日番谷の短冊を探し始めた。

「あ、これだわ!えーと、何々?・・・・・・・・・え・・・?」



日番谷は黒いスーツに身をまとい、髪を整え準備万端であった。時計を見るとあと十分で待ち合わせだ。

「もういいか」

部屋を飛び出して雛森の待つ五番隊の雛森の家へと向かう。


「おい、入って良いか?」
「う、うん、いいよ」

そこには髪を下ろして、そして梅柄の着物に身を収めた雛森がいたが・・・。

「ねぇ、いきなりで悪いんだけど、帯、締めてくれない?」

雛森はずっと着物を押さえて日番谷がくるのを待っていたらしい。呆れたように溜息をついて日番谷は雛森の横に置いてある帯を雛森の腰に巻き始めた。

「うまいね、日番谷君」
「十番隊隊長をなめんじゃねぇよ。しょっちゅう松本に頼まれてたしな」

なるほど、と雛森は感心する。
よし、と日番谷は雛森の背を叩く。

「はうっ」
「完成!で、その花火がよく見える場所に移動すっか」
「待ってっ!それだと他の人に見られちゃう・・・」

そうだな、と日番谷は腕を組んで考える。
日番谷は良い場所が思い浮かんだのだろうか、雛森の答えを聞かずに腕を引いて部屋を出た。

「ちょっと!!何処行くの!?」

雛森の質問にはいっさい答えず、ひたすら夜道を走っていた。


しばらくして、デートスポットとして大人気の丘へと辿り着く。その丘が何故デートスポットとして人気かと言えば、そこには「恋人の木」という大きな木が存在するから。その木の下で告白し、その証をしたカップルは必ずくっつく、というお伽話のお話のような場所である。

「ねぇ、ここって一番人多いんじゃ・・・」
「大丈夫だ」

日番谷は急激に霊圧を高めた。自分の存在を主張するかのように。その霊圧が残っている限り、誰もここへ近づかないであろうと思ったから。
それなら何処でやっても同じなのだが、こういう場所が今必要だと思った。

「おい、こっち来いよ!」

日番谷は雛森の腕をまた引いて、数十メートル先の木の下へと誘導する。


「ちょっと!」
「別にいいじゃねぇか。暫くこうさせてくれ・・・。暫く会えなくて寂しかったんだよ」

木の下に着いた日番谷は思い切り雛森に甘えていた。表情は凄く柔らかく、優しいものである。
雛森はその表情を見たいが自分の後ろに顔があるため見れないし、で一生懸命日番谷を押し戻そうとしているがそれは叶わなかった。

「あと少しで始まるな」

不意に空を見上げた日番谷はポツリと呟いた。空には無数の星が見える。あれが『天の川』と言われるものなのだろうか。



松本は笹の下から離れて着替えの為に部屋へと戻った。

「早く着替えないと。みんなに置いてかれちゃう」

着物に着替えて、松本は急いで恋次たちが待っている待ち合わせ場所へと向かった。


「お待たせ、恋次!吉良!」

同じ副隊長同士で花火を観ることにしていた。

「あと数分ですね」
「そうねぇ、すごい楽しみだわw」

向かう場所はもちろん日番谷の霊圧の感じる場所である。恋次とイヅルは松本があの場所へ向かっている事を感づいた。

「なぁ、そっち日番谷隊長の霊圧を感じるんだが・・・」
「もちろんwなんてったって隊長、今日遂にやるらしいんだもの♪」
「「は?」」
「隊長の短冊にね・・・」

松本はそこで数秒止まり、恋次と吉良にだけ聞こえるように囁く。

「ま、まじっすか!?」

恋次が驚きの声を上げているのを気にもせず、ニコヤカに松本はまた日番谷の霊圧の方向へと一直線に走り出す。もうすぐで丘の上だ。



「あと少しだ・・・そろそろ立つか」
「そうだね・・・っキャッ!!」

雛森は着物の裾に足が引っかかり、前につんのめりそうになるが、日番谷は即座に手を伸ばす。

「ありがとう、日番谷君」
「いや・・・その、言いたい事があるんだ」


「到着。あ、ほら、あの木。『恋人の木』っていうのよ」
「そうなんっすか」
「ひ、ひな、雛森君が!」

日番谷と雛森がいる恋人の木のある丘まで辿り着いた松本と恋次、吉良。
ちょうど日番谷が何か言おうとしている所であった。
遠くにいる三人には何を言っているのかまったく聞こえないが、何をしているかくらいは見える位置だ。

「やだ、隊長ったら抱きしめちゃって」

前に雛森がつんのめってしまった所を見ていない三人は日番谷が思い切り雛森を抱きしめているようにしか見えなかった。


「雛森、言いたい事が、あるんだ」

雛森と目を合わせて言いたかった日番谷。雛森の顔を自分の方へ向ける為に雛森の顔に手を添えた。

「何?言いたい事って・・・」
「あのな、俺・・・・・・お前の事が好きなんだ」

日番谷の顔が急激に赤くなったように見えた。しかしそれは花火で遮られる。
そして雛森は口を開く事が出来なくなっていた。よく花火を見たいのに、目の前にいる彼の方が綺麗で、そして自分を愛しく思ってくれていて・・・。雛森はどうしたらいいのかわからなかった。


「隊長・・・すごいわぁ。花火を背にしてキスしちゃって」

乱菊は応援していた二人がようやく結ばれた事が嬉しくて、笑顔でその光景を見ていた。そして日番谷の短冊に書かれた願い事が叶った事を祝った。




『雛森を自分のものにできますように』


後書き
はい、なんか無駄に長い七夕祝い小説の完成です(笑)
何故こんなに長くなったんだ?というか、ここまで読んでくれた方・・・すごい根気ですね。
この小説作るのに三時間もかかりましたよ(^_^;)でも作ってからの達成感というか・・・自分的にはありましたが。
皆さんにどの程度伝わったのでしょうか・・・?少し不安ですが、でも本当ここまで読んでくださって有難う御座いましたm(_ _)m



UPDATE:2006.06.24
ルミガンで素敵なまつげ