餡蜜
「・・・・・・あちぃ・・・」
書類とにらめっこを始めて早一時間。冬獅郎は暑さに参ってきていた。
というのも、今日は朝から強い日差しが尸魂界全域に差し込んでいて、風もそんなに強くもなく、暑さに関しての条件が揃っている。猫などは日陰で寝転んでいる。
「隊長、仕事して下さいよ」
「松本、てめぇにだけは言われたくねぇ・・・」
珍しく仕事をする気力がない冬獅郎に、乱菊は声をかける。しかし、ソファーで同じくだらけている乱菊の言葉には、全くと言って良いほど説得力がなかった。
「気分転換に散歩してくる」
「隊長逃げるんですかぁ?」
「ここで何もしないで一日終わるよりはマシだ」
そう言って冬獅郎は日差しが照りつける外へと出て行った。
執務室の窓から見ていた時に考えていたよりも、外は暑かった。多かれ少なかれ執務室の中は涼しい。だから余計外の気温が高く感じてしまう。
とりあえず日陰を歩きながら、周りの景色を眺めていた。この時期は緑が多く、景色を見ているだけで気分が良くなる。
他の死神たちも冬獅郎と同じく散歩をしていた。通り過ぎる時など、お疲れ様です、と声をかけられる。それに対して軽く手を振るなどして対応していた冬獅郎は、とある店に辿り着いた。
「へぇ、こんな近くに餡蜜屋なんかあったんだ」
十番隊からそう遠くない場所に、『餡蜜』と暖簾(のれん)に大きく書かれた店が建っていた。この辺には他に食べ物屋はない。もう少し東に行けば蕎麦屋があることは知っていたが、冬獅郎があまり甘い物が好きではない事から、甘味処の場所には疎かった。
まだ昼前だというのに行列が出来ている事からも、その店が繁盛している事はわかる。
冬獅郎はその甘味処を何事もなく通り過ぎようとしたその時、声をかけられた。初めは誰だか全くわからなかったが、二度目名前を呼ばれた時、それが誰なのか気づいた。
「朽木ルキアか・・・」
「こんにちは、日番谷隊長」
並んでいる他の死神たちにも挨拶をし、冬獅郎は列の真ん中あたりに並んでいるルキアの元へ向かった。
「ここの餡蜜、とても美味しいのですよ!」
ルキアは力説する。昔流魂街に暮らしていた頃、親切な死神に知り合い、彼らがくれた食べ物に餡蜜があったのだそうだ。尸魂界の食べ物など食べた事もなく、勿論その頃までに食べたどの食べ物よりも美味しく、すぐに気に入ったと言う。色々な店の餡蜜を食べ、ここの餡蜜が一番美味しく感じたのだそうだ。
ルキアの近くに並んでいた死神たちも、ここの餡蜜がとても好きだと口々に教えてくれた。
冬獅郎が甘い物を好きでない事を知っていたルキアは、店の看板に書いてあるメニューを指さした。
ルキアは白玉あんみつが一番好きだと言った。それから、他のメニューもだいたい食べた事があり、その中でも甘みを一番控えているのがみかんあんみつ。みかんの酸味がちょうど良く甘みを抑えているのだそうだ。白玉あんみつとの違いは、みかんの量。ほとんどがみかんで、他は少量白玉や小豆なども入っているが、甘すぎない餡蜜を食べたい時には打ってつけであった、とルキアは言った。
「じゃあ食べてくか。今日暑いから冷たいもん食べたかった所だったんだ」
「あ、私も冷たいものを食べたくてここへ」
「そうだったのか。・・・朽木、おごるから先に席を探しておいてくれ」
「えっ良いですよ、私が支払いますっっ」
「待たせたな」
結局ルキアは冬獅郎の言うとおり、おごってももらうお礼に席を探しておいた。
そして、ルキアは好物の白玉あんみつを、冬獅郎はみかんの酸味で甘すぎないあんみつをそれぞれテーブルの上に置いた。
「どうでしょう・・・?」
冬獅郎が食べ始めてから少ししてから、ルキアは切り出した。提案しておいて口に合わなかったらどうしよう、と冬獅郎を待ちながらルキアはずっと考えていた。
「うん、悪くねぇ」
「よかったぁ」
もともと小豆は乱菊の持ってくる大福で食べなれていたので、意外と餡蜜もいけるんだな、と実感していた。
店の中の雰囲気も良く、心も落ち着く。隊長業務で疲れている今の冬獅郎には打ってつけであった。
「ここ、持ち帰りも出来るので、松本副隊長にも買って行かれたらどうでしょうか?」
ふと持ち帰り可能な事を思い出したルキアは、乱菊にも食べさせてあげたいと思い、提案する。今日は暑いので、きっと乱菊もうだっていると考えたのだろう。冬獅郎も良い考えだ、と食べ終わった後時間を見つけて買って帰ろうと考えた。
「すいません、この白玉あんみつ、二つ持ち帰りでお願いできるか?」
「はい、かしこまりました、少々お待ち下さい」
「日番谷隊長も食べられるのですか?」
「あぁ、お前がおいしそうに食べてたからな」
「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
冬獅郎の台詞に驚いたのと嬉しかったのとで、小さくお礼を言うルキアだったが、店員に持ち帰る餡蜜を受け取り、聞こえていなかった。
しかし、ルキアにとっても冬獅郎にとっても、今日は素敵な一日になったに違いない。
「隊長!遅いじゃないですか〜」
「あぁ、わりぃ。って、全然書類減ってないじゃねぇか」
「あはは、こんなに暑いと全然ヤル気入らなくて」
「てめぇはいつもだろ。まぁ土産買ってきたから食べようぜ」
「あ、それはそこの餡蜜屋のじゃないですか!いいですよ〜〜」
「ちなみに、食べたら仕事だぞ」
「えーーー」
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