お好きなように

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とある天気の良い昼下がり。ここ最近暖かい陽気が続き、どこの隊でものんびりとした雰囲気が漂っている日が続いていた。そして仕事である書類整理もたいした量はなく、どこも今は食事休憩をとっていた。

そんな中、ある隊では怒声が響き渡っていた。

「待ちやがれ!」
「待てと言われて待つ馬鹿が、何処にいるんですかぁ!」
「人の湯飲み割っておいて謝りもしねぇ奴が駄々こねんな!罰として、この書類を八番隊に届けて来い!!」
「えーー酷いですよ隊長」
「俺は被害者だ」

文句を言いながら書類を受け取ったのは、十番隊副隊長の松本乱菊。彼女はしぶしぶ執務室を後にした。また、広い執務室に一人残った少年は、十番隊隊長の日番谷冬獅郎である。


こうなった理由は、乱菊が食事休憩をとろうと提案し、二人のお茶を入れていて手が滑り、冬獅郎の湯のみを割ってしまったから。長い間使っていたのでそろそろ買い換えようと思っていたからこれだけで済んだようなものだったので、普段であれば書類配達だけではすまなかっただろう。
とりあえず残された冬獅郎は、割れてしまった自分の湯のみを片づけていた。本来なら割った張本人が片づけるはずなのだが、自分が追い出してしまったので仕方がない。外に出て暑い日差しを浴びるよりもこの方がマシだった。そして、今までのとは別の、客用の湯のみを出してお茶を入れた。
彼は静かになった執務室の自席に腰掛け、お茶をすすりながら、前方の窓から外を眺めた。今まで意識していなかったが、日が高くなり、蜃気楼が何処かで見えそうな暑さになっていたようだった。
暑さが苦手な冬獅郎は、朝握ってきたおにぎりを食べ始めた。何の味もない、ただ塩の味がきいただけのおにぎりは、暑さで生暖かい。しかしあまり気にする風もなく食べ終えると、大きなあくびを一つして間もなく、まるで吸い込まれていくかのように机に伏せてしまった。





冬獅郎が机にふせてから数十分後、執務室にそっと何者かが入って来た。しかし冬獅郎は熟睡しており、気づかない。

「何もかけないで寝てたら風邪ひくよ?」

ここに慣れているのか、奥の方から毛布を持ってきて、彼女は冬獅郎の肩に毛布を丁寧にかけた。そして、彼女は懐かしそうにじぃっと彼の顔を覗き込む。

「久しぶりだなぁ、シロちゃんがこんな気持ち良さそうに寝てるの見るの」

親しい仲なのか、彼女は懐かしそうにあだ名で呼びながら呟いた。普段なら「日番谷隊長だ」と言い返す冬獅郎も、眉間の皺を消して気持ち良さそうに眠っている。
顔にかかっている前髪を払ってあげると、そこには今まであまり見られない“シロちゃん”の顔があった。それは、眉間の皺が消えているせいなのか、幼くも見えるからだ。整った顔立ちで、柔らかな頬・・・・・・。それに触れる事が出来るのは、彼に最も親しい彼女だけ・・・・・・。

「好きにしてって顔しちゃって。襲っちゃうよ?・・・・・・・・・なんちゃってw」

彼女は、きっと食べるものがなくておなかをすかせているであろう冬獅郎のために、持ってきた彼の分の手作りのお弁当を置いて柔らかく微笑み、そして彼の前髪を改めて払って、額に軽く自らの唇を当てて執務室を去って行った。
冬獅郎のみが残された執務室には、手作りのお弁当と彼女の霊圧の名残、そして、桃の香りが残されていた。

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