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一番大切なお前と…

  第五章



翌日、俺は死覇装を着て、郁夏と手を繋いで十番隊に向かった。隊舎は始めてである。少なからず冬獅郎は緊張していた。
「そんなに緊張する事じゃありませんよ。顔合わせだけですわよ?」
郁夏の言う通り、今日は十番隊の隊員と顔を合わせるだけの日程。緊張する事はない筈なのだが、どうしてか緊張感が解れないでいた冬獅郎だった。



いつの間にか、二人は十番隊の隊舎前まで来ていた。冬獅郎は深呼吸をして、郁夏に腕を引かれて中に入って行った。


「あら、郁夏。その子は?」

中に入ると、早速隊員に巡り会ってしまい、冬獅郎は下を向いた。
「あ、松本副隊長、おはようございます。こちらは私の夫となった、日番谷冬獅郎十番隊長です」

さらりと言いのける郁夏に、赤面しながら冬獅郎は腕を振った。

「そこまで言うな、郁夏っ!」
「……ねぇ、郁夏…夫って………?」
「はい、昨日!」
冬獅郎は耳まで真っ赤にして郁夏の口を塞ごうとしたが確実に手遅れであった。郁夏は笑顔で相手の女・・・それも、副隊長である人らしい・・・。どうしよう、と慌てている冬獅郎を余所に、二人の会話が進んでいく。

「それより、その子がここの隊長になったってわけ?」
「はい、かなりの凄腕ですからね、見た目に騙されてはいけませんよ、松本副隊長!」
「おい、見た目ってなんだ、郁夏っ!!」
こちらに視線を移しながら幸せそうに微笑んでいた郁夏を見、それ以上は文句を言えなかった。
不安にさいなまれながらも、冬獅郎は逆らえない現実を思い、これから世話になるであろう自分の隊の副隊長である相手、松本に改めて向いて、挨拶をした。

「改めて、これから世話になる。日番谷冬獅郎だ、宜しく」
「えぇ、こちらこそ、小さな隊長さん♪」
「………………!!」
「冬獅郎さん、お気を確かにっ!」
冬獅郎は最も言われたくない言動を言われてショックを受け、いつの間にやら郁夏に擦り寄っていた。
「まったく、まだまだ甘えん坊さんなのね」
また腹だたしい事を言う自分の副隊長に、冬獅郎は完全に切れていた。
「おい、てめぇ!何度も何度も腹だたしい事言いやがってっ!!」
「冬獅郎さんっ!落ち着いてください!まだ松本副隊長だって冬獅郎さんの事よく知らないからですよ。自分の事をまず知ってもらうのが先決ですわ!」

それは郁夏の言うとおりだ。相手も自分も、お互いの事を全く知らない。これから同じ隊舎の中で生活するのだ、お互いをよく知らないといけないのだろう。
お互いにそれに気づいたのか、それ以降は何も言い合いはしなかった。
それを喜んで、郁夏は笑顔になり、このあとの予定について副隊長の松本と会話をやり取りしていた。その会話を聞く限り、このあと隊員との面会が待ち受けているらしい。一体何を喋ればいいのだろう?

悩めば悩むほど疑問は増えるばかりだ。隊長だからって何もかも偉いわけじゃあないのかもしれない。
偉くなりたいわけじゃないのだが、どうしても隊長と言うと偉いイメージがする。俺なんかじゃあその理想やらイメージやらが崩れるのではないか?そうとさえ思えるようになってきてしまった。
やはり隊長というと、六番隊の朽木隊長のような質素な人が似合う。また、十三番隊の隊長である自分の親父は病弱だが、みんなに慕われるような人だ。母親は四番隊の隊長。救護らしいイメージでとてもみんなの代表に向いている。
だが、自分はどうだ?特に慕われそうな事は何も無い。むしろこんな奴が隊長で恨む奴もいるかもしれない。うまくやっていけるかどうか不安である。

そうこう考えている間に、二人の話はまとまったらしく、松本は冬獅郎を促した。
「それじゃあ・・・隊長。執務室はこちらです。席を持つ何人かが、新しい隊長が来ると聞き、先に駆けつけておりました」
「あ、あぁ…」
とりあえず副隊長である松本に従って執務室に向かった。
「あ、私の自己紹介はまだでしたね。私はこの十番隊の副隊長を務める、松本乱菊です。今後とも宜しくお願いします、隊長」
「あ、あぁ…。こっちこそ、世話かけるかもしれねぇが」


三人はそれ以降は無言で、執務室に入った。すると、もう既に席を持つ隊員が顔を並べていた。
松本と郁夏が部屋に入ると、全員頭を下げた。

「いいわよ、前の隊長は五月蝿かったけど。でも今回の隊長はね…」
何かわけありなのかとみんなして頭をあげる。とそこには、予想を絶する光景があった。
松本と郁夏の間にいる、羽織りを羽織った人物、そう、冬獅郎は……松本と比べて頭2つ分くらい低かったからだ。

「ほら、隊長……」
「あ、えと…今日からこの十番隊の隊長になった、日番谷冬獅郎だ」
「え…!?」
「あの有名な!!?」
冬獅郎は何事かと目をパチクリさせていた。
それを苦笑していた郁夏は、少しかがんで冬獅郎に囁いた。
「ほら、冬獅郎さん、真央霊術院を優秀で卒業したじゃないですか。それで、どの隊になるかと至る所で噂になっていたんですよ」
という事は、冬獅郎が隊長でも反対するような輩はいない、という事だ。そう思って少し安心した日番谷隊長は、その後多くの隊員と世間話をしたり、自らの能力について語ったり、と忙しい日々を過ごしていた。


それから数日後。

「そういえば、隊長。隊長になったくらいですから、卍解、使えるんですよね?」
執務室で仕事にあたっていた松本であったが、ふと隊長である冬獅郎の斬魄刀の卍解がどんなものなのか気になり、尋ねていたところだ。

「当たり前だ」
「どんなのですか?」
そう訊かれ、冬獅郎は教えるべきかと目を泳がせていた。
副隊長だから、今後の任務とかで技を知っていた方がいいのか、それともその目に焼きつけるまで教えない、と格好よく言ってみるか、という二択に迫られている。

「冬獅郎さん、大丈夫ですか?」
いつの間にやら隣りにいた郁夏に驚きを見せていると、松本は今の状況を説明し始めた。なぜお前が説明するんだ、と言いたいが、どうにもまだ心を打ち解けられずにいた。
もう何日か経っているのにな、そう溜息をついてしまっていた。
「あんな凄い技ですもの、説明なんて難しいですわ。それでどう説明しようか困っていたんですよ、きっと」
「流石嫁さんねぇ。夫の考えてる事がすぐわかっちゃうなんて。尊敬しちゃうわ」
「いえ、本当かどうか…」
「いや、そんなもんだよ。すげぇな、郁夏は」
満面の笑みを浮かべて、冬獅郎はどう説明しようかとぶつぶつ呟き始めた。
「それなら、今度の任務とかで、直接見せつけてみてはいかがでしょう?」
結局そういう考えに至るのか、と頬を引きつらせたが、でもそれが最もだし、ということで松本も足を引っ込めてくれた。

「早く隊長の卍解を拝みたいわ」
「死なないように気をつけてくださいね、松本副隊長♪」
「そんなに凄いの?」
「えぇ。最強ですわ。こんなすごい隊長を持てて幸せだと思えますよ!」
郁夏は、そんな夫を持っているんだ、と自慢しているかのように松本に笑って見せた。



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