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一番大切なお前と…
第八章
その後十番隊に戻った日番谷は、もう遅くなっているので、残業している隊員に「無理はするな」と告げて隊舎を出て自室へ戻った。恐らく、郁夏もそこにいるだろうと思って。
自分と郁夏の部屋は十番隊の中にあるが、隊舎とは少し離れた場所にあり、少し大きめの寝室があり、風呂、トイレ、台所くらいはある、二人ででも暮らせるくらいの場所である。
真面目な冬獅郎の為、今までは夜遅くまで残された書類整理を部下に任せず一人で執務室で行っていた。
一人、と言ったが、よく執務室に設置された台所で郁夏が冬獅郎の為に手料理を食べさせてくれているし、別に寂しかった事などはなかった。
郁夏と執務室で少し遅めの食事をとってから片づけて家に帰っている。
あまりにも仕事が残っているとそのまま二人で仕事をして、いつも松本が寝そべったりする為のソファーで眠る事もしばしばあった。
「郁夏ー、今帰った」
「あ、おかえりなさいませ、冬獅郎さん。今日はこちらで食べると聞いたので、もう準備しています。先にお風呂にします?それとも夕食に致しますか?」
久しぶりに見る郁夏のエプロン姿に少し照れながら答えた。
「あー、先に食べる」
「わかりました♪」
郁夏は久しぶりに自分と冬獅郎の部屋で食事が出来ると喜んでいたらしく、少し奮発した食事を準備していた。
「今日は何だ?」
「はい、スタミナいっぱいの牛丼ですわ♪」
今日は現世任務という、冬獅郎にとっても初めての体験だったし、恐らく疲れているだろうと言う事で、郁夏は気を使ってスタミナの多い牛丼を作って冬獅郎の帰りを待っていた。
冬獅郎はとりあえず羽織りを寝室に置きに行き、寝室の隅の方に片づけてしまった食事用の机を出してきた。
「ありがとうございます、冬獅郎さん」
「いや、別にこんくらいしか出来ないからな。やっぱ隊長といえど家事は…なぁ」
「うふふ、手伝ってくれようとする気持ちだけで充分ですわ」
郁夏は微笑んで冬獅郎の頬に軽くキスをして、机を綺麗に拭こうとした。しかし、冬獅郎はその腕を掴んだ。
「そのくらい俺がやるって。その間に食事運んでくれないか?」
「はい、わかりましたわ」
少しして、二人は向かい合って夕食を食べ始めた。
「美味しいですか?」
「あぁ。すっげぇ美味い」
冬獅郎は久しぶりにゆっくりと食事をとれたからか、嬉しそうに微笑んで食べ続ける。それを幸せいっぱいで眺めながら郁夏も食べ始めた。
もうそろそろ食べ終わる、という頃、冬獅郎は郁夏に言いにくそうに尋ねていた。
「なぁ、郁夏…。訊きたい事があるんだけど………」
「何ですか?」
「あのさ、一緒に…風呂入らないか?」
「急に真剣にどうしたのかと思いましたわ。ふふ、良いですわ、そのくらい。私もいつか冬獅郎さんとお風呂入りたかったんですもの」
郁夏は満面の笑みを浮かべて了承した。いつも十番隊の為に努力している冬獅郎の為に何かしてあげたい、とつい先日から思っていた所だった。
それじゃあ、とそそくさと風呂の準備を始めに冬獅郎は食事の席を立った。
「まぁ、気の早い事」
自分も食べ終わった食器を台所へ持っていき、洗い始めた。
「先入ってるぞ」
着替えなどを郁夏が準備している時、冬獅郎は先に風呂に入ってしまった。
「すぐ入りますわ!」
冬獅郎の家の風呂は、普通の家庭にあるような風呂ではない。温泉に近いような風呂。風呂へのドアを開けると、そこは外である。しかし、そこは普通の死神が通れる場所ではないので、別に支障はないのだが…。十番隊内なので、いるとすれば十番隊員だが、風呂の周りには結界がきちんと張ってあり、冬獅郎と郁夏しか利用できない。
大きな温泉のような浴槽に、一つのシャワーだけ。他はシャンプーのようなものしか置かれていない簡素な風呂であった。
腰にタオルを巻いて、冬獅郎は湯に浸かっていた。風呂の外では何やら音がする。郁夏が来たようだ。
そして、風呂のドアが開き、胸の辺りからお尻が隠れるくらいまでの女性では少し短めのタオルを巻いて入って来た。
「遅くなってしまいました」
「別に気にしてねぇよ」
冬獅郎の横に座って湯に浸かる郁夏。
「本当、このお風呂は贅沢な気がしますね」
自分達しか入らない風呂なのに無駄と感じるほどの広さの風呂である。
「いいじゃねぇか、別に」
冬獅郎は郁夏の肩を自分に寄せ、郁夏はそのまま冬獅郎の肩に寄りかかっていた。いつまでもこの時間が続けば良いのに、そう二人とも思っていた。
「なぁ、郁夏」
風呂から出て、寝間着に着替えてもう寝る、という頃の事。冬獅郎は郁夏にずっと訊きたかった事がある、と言って話しかけた。
「お前、斬魄刀産業どうすんだ?」
郁夏の家系は斬魄刀を生み出す事が仕事であった。今郁夏の家族は誰もいない。跡継ぎを命じられていたなら、郁夏しかいないはずだ。
「私の両親は、思い切り人生を楽しめ、そう何度も言っていました。それに、真間家だけが斬魄刀を生み出していたわけではないので、大丈夫ですわ」
本当は後を継ぐつもりであったのだが、今の郁夏にはそれ以外に大切な役割がある。
「私は、私の選んだ道を進む事にしました」
「お前の、選んだ道?」
「はい、私は、私の意志であなたと再会する事を望みました」
郁夏の本心を聞くのは初めてであった。冬獅郎は口を挟まずに続きを待った。
「私は、跡継ぎをせず、私を探し回っているというあなたの元へ向かい、そしてあなたと共に人生を歩む事を決めました」
「いいのか?」
「はい、もう決めた事ですし、亡くなった父も母も、それを望んでいたはずですわ」
郁夏は両親のいるであろう空を仰ぎ、言った。もう、郁夏に迷いはない。
「あなたと、いつまでも一緒にいたいです。……駄目でしょうか?」
「いや、駄目なわけねぇだろ?俺だって…お前といたい。いつまでも俺はお前も守る。この世で一番大切な、お前と、一生を暮らす。ずっと、そう思っていた」
そう、郁夏に再会した時から、冬獅郎はこの世で一番大切だと思える、郁夏と共に暮らしたいと思っていた。その気持ちに迷いなど存在しない。
一番大切なお前と、いつまでも暮らしてそして守り抜く。そう自分の斬魄刀に誓ったのは、再開したあの日であった。