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LISET
第一章
現世駐在任務から、五番隊が尸魂界に帰って来た。しかし、雛森が四番隊に運ばれた事を知った日番谷は真っ直ぐ雛森の眠る部屋へと向かった。のだが・・・・・・
「あなた・・・誰??」
その言葉が理解できないでいたのは俺だけだったのだろうか。俺達の周りにいた四番隊の奴らや知り合い、友人、みんな心配そうに俺が入ってくるのを見つめていた。それでベッドに横たわっている彼女に声を掛けて、これだ。
瞳孔が開くくらい目を見開き、彼女を見据え、我にかえったように後ろを思い切り振り返る。
「隊長・・・」
阿散井は俺を呼んで手招きをしている。雛森をチラリと見るが、全く気にはしていないようだ。俺は仕方なく何か知っていそうな阿散井の元へ歩いて行った。
「隊長、実は・・・雛森が虚退治で怪我を負って・・・・・・」
「それを知って俺はここへ来た」
「そんな事は知ってます。それで雛森は・・・・・・何だか記憶喪失のようなんですよ」
周りを見回すと、みんな阿散井の台詞に対してだろう、俺に頷いてくる。俺はまるで腰が抜けたかのようにその場に座り込んでしまった。
「そんな馬鹿な・・・・・・そんな、そんな事、あってたまるかよ・・・!」
今度は俺自身が、記憶喪失になりたい、と騒ぎ始める始末になってしまった。なぜ、雛森がそんな目に遭わなければいけなかったんだ、と。
「隊長、大人気ないですよ?」
「んな事、んな事わかってる!それより・・・アイツが、アイツは俺の事忘れたって事なのか・・・?」
「そういう事になりますね・・・俺もそうは思いたくないんですが・・・・・・」
「現に、私たちもすっかり雛森の記憶の中にいませんし・・・・・・」
切なそうに副官である松本は俺に訴えかけるように言って、雛森を見つめる。
しかし、当の雛森は何故自分がそんなに見つめられるのか不思議で、そして少し照れたように顔を赤らめる。
「そうですね、じゃあこうしましょうか」
松本は仕方ない、という感じで俺の前に腰をおろす。
「こういうのはどうでしょう、暫くの間雛森の面倒は隊長が診る、というのは」
「確かに、一番記憶が戻りやすいでしょう、一番記憶の奥に在るのは隊長でしょうし」
これには周りにいた殆どの人が賛成。俺もそれを反対する筈もなく、すぐ頷く。が・・・
「でも・・・どうすれば・・・・・・」
「藍染隊長に言って、暫く雛森を十番隊で預かって良いか訊けば良いんじゃないですか?」
何の躊躇いもなく松本は言い退けるが、雛森もこれでも五番隊藍染の所の副官だ、副官をそうも簡単に手放すわけが・・・・・・・・・。
そう思ったが、その思考回路はすぐに閉ざされた。
「そういう事なら構わないよ」
「「藍染隊長!!」」
「どうなさったんですか!?」
「いやぁ、雛森君が重症で、そのお見舞いに来たんだよ。それで、十番隊長さん。雛森君の記憶が戻るまで、君の隊が彼女を引き取っても構わないよ。ただし、元に戻ったらちゃんと五番隊に返してね。僕も、急に副隊長が抜けると困るし。穴を蓋しなくちゃならないだろ?」
話はさかのぼるのだが、それから日番谷は現世で何があったのか藍染に聞くため松本に雛森を任せて五番隊へ藍染の後ろについて向かった。
「五番隊が現世に向かった理由から話そうか」
現世には、前代未聞の数の虚が突如出現したのだ。そのため、隊長・副隊長まで赴く羽目になり、しかも他の隊はそれぞれの仕事・任務で動ける状態ではなかったので、五番隊のみの現世任務となった。
五番隊隊員は散々になって虚退治をしていた。藍染と雛森は連絡を取りやすいように、あまり離れた場所で任務をこなしていたわけではなかった。
しかし、二人とも周りには戦闘経験のないような隊員もいたため、そちらを守りながらの戦いとなっていた。
なぜ戦闘経験なしの隊員まで向かわせなければならなかったのか。強すぎる虚ではないと知らされていたので、良い経験になる、と思ったから。また、人数が足りなかったから、という二つの理由の為。
雛森は面倒見もいいため、教えながら共に戦っていた。それを、時折藍染は目撃していた。
しかし、雛森が受け持っていた隊員の一人が転んでしまい、そこに虚が突っ込んでいったのだ。それを見た雛森は、急いで刀を解放、虚に攻撃が直撃し、隊員は無事だった。しかし、その虚は雛森に向かって攻撃を始めようとした。周りにいたのは戦闘経験なしの隊員ばかりだったので、どうしていいのかの判断が遅れ、何とか雛森は自力で対処をしていたのだが、急所をつかれてしまったのだ。
そのまま雛森は意識を失ってしまった。あとの対処は藍染がこなしていた。
「なるほどな。藍染の対処が遅れたってわけか」
「すまない、日番谷君。暫く、雛森君は頼んだよ」
「頼まれなくても」
そして俺はそのまま十番隊へと戻った。
お許しも出た、という事で。
ここは十番隊執務室。急な隊員、という形でとりあえず入隊させ、自分のいる執務室で勤務して良い事を命ずる。
「本当によろしいのですか、隊長」
「・・・!い、い、い、いいに決まってるだろ!!」
「それじゃあ・・・この書類を五番隊に渡しに・・・」
「いやいやいや、お前がんな事しなくていい。他にも暇な隊員・・・ほら、副隊長みたいなのがいるからいい」
「隊長!私は暇じゃあありません!食事で忙しいの」
日番谷は苛立ちを隠せず、松本の目の前にある菓子の山を取り払った。それを不思議そうに見つめる雛森。
「いいですよ、私が行きますから」
「雛森・・・じゃあ俺も行く」
「えー!?二人とも行っちゃうの?じゃあ私が行きますよ!」
“私も”と言わなかったのにはわけがあった。勿論、日番谷と雛森に二人きりにさせる必要があったから。外では話せないであろう事もあるだろうと思い、執務室に残そうと松本なりの考えであった。
「じゃあ頼む、松本」
一礼して、松本はそのまま執務室をあとにした。
「いいんですか、隊長」
「いいんだ。それより、お前、本当に俺の事忘れちまったのか?」
何も覚えていない、と雛森は下を向く。そして日番谷は二人のあるはずの記憶について語り始めた。
俺とお前は幼馴染みだった。幼少時代の夏、よく二人でスイカを食べていた。甘いスイカの味は今でも忘れる事などない。
また、その後真央礼術院に入学、藍染に憧れて一生懸命勉強して修行してようやく藍染の部下になり、そして今本当はその藍染のいる五番隊の副隊長なのである。
「う〜〜ん・・・思い出せないよ〜〜」
「そうか・・・なら、別の方法がある」
「別の・・・方法?」
「あぁ。昔の記憶がないなら、新しく作ればいいんだよ」
そして斬魄刀を携え、書類を残して十番隊を飛び出した。
何処に連れて行かれるのかと雛森はずっと目の前にいる少年の背中の十字架を見つめていた。
「十・・・・・・」
以前にもこの十字架を見た気がする、そんな不思議な感覚を感じながら後ろを歩いていた。