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LISET
第四章
雛森の目が覚め、早一ヶ月が経過した。しかしどの隊もそんな実感を沸かす時間を与えないかのごとく任務やら書類整理やらで朝から夜まで働きっぱなしな一ヶ月であった。
そんなある日の事である。五番隊に書類を届けに来た十番隊の隊員が廊下で雛森が倒れているのを見つけたのである。何があったのか、と彼女が近づくと、雛森の息が荒く、そして頬が真っ赤なのに気づき、すぐ熱があるのだとわかったから良かったものの、ここは執務室に続く道なのであまり人気がないのである。ましてや今は五番隊の平隊員たちは現世駐在任務に向かっている真っ最中なのだから。
とにかく、と書類をその場に置いて、執務室まで雛森を背負って歩き始めた。
「雛森副隊長、しっかりして下さい」
「はぁ・・・はぁ・・・・・・ひ、つが・・・や・・・・・・君・・・」
「雛森、副隊長・・・・・・待ってて下さい、すぐ連れてきますから」
雛森は記憶喪失だったはずである。無意識であろう、記憶の奥の方にまだ日番谷の記憶は残っていたらしい。聞こえづらいくらい小さい声で、雛森は日番谷の名を呼んでいたのを、背負っていたその十番隊員には、はっきりと聞こえていた。
「隊長っっ!!!」
「なんだこの昼時に。仕事中だ」
「申し訳ありません、ですが、緊急事態です。至急五番隊へ行かれて下さい」
その隊員の顔色から、必死にここまで走ってきた事がわかる。日番谷は何があったのかさえも聞かず、彼女に礼を言って執務室を飛び出して行った。今、松本がいたらついて行っただろうが、ちょうど席をはずしている所だったので日番谷は一人で五番隊へと向かった。
「雛森っ!!」
五番隊の執務室のドアを乱暴に開けると、そこにはシーツの上に寝かされている雛森と、彼女を見つめる三席がいた。
「日番谷隊長・・・・・・すごく辛そうなんです・・・そして時折日番谷隊長、と呟いていたので、呼びに行ってもらったんです」
三席の彼は、とても辛そうに雛森を見つめていた。
雛森本人はと言うと、目覚めた日以降、毎日自分の家に寝泊りするよう説得したのだが、全く他人の家に泊まる事は出来ない、と言って五番隊でずっと生活する、と言っていた。誰かが記憶喪失になると、こんな辛い思いをしなければいけないんだ、と実感したと同時に、日番谷はそれでも守ろうとしなかった自分の無力さに腹が立った。
「俺がいながら・・・っ」
しかし、記憶がなくなったはずの雛森が、何故自分の名前を呼ぶのだろう?それに気づいた時、三席はそれに気づいてもらいたかったのだろう、しばらく席をはずすと言って部屋から出て行った。
雛森はいまだ眠っている。そして苦しそうに、やはり自分の名前を呼んでいる。
「どうした?」
いつもの日番谷だとは信じがたいくらい優しい声で雛森に問いかける。その声を聞いて安心したかのように落ち着く雛森。どうしたのだろうか、何処も苦しそうではない。何か、辛い夢でも見て唸っているだけなのかもしれない、そう思い、問題ないだろうと席をはずそうとした時だった。
「シロ・・・ちゃん・・・・・・」
振り返るが、彼女はいまだに眠っている。寝言だろうか?それにしてははっきりと自分の事を呼んでいるので、不思議に思った。
「日番谷隊長、だろ?」
そう言い返して、部屋を出て行った。
「隊長、どちらへ行ってらしたんです?仕事ほっぽって」
十番隊執務室に戻ると、定位置に副隊長の松本が戻って来ていた。珍しく書類と向き合っている。こういう時は、何かを企んでいる時が多いので、厳しい目つきで松本を睨みつけるが、その攻撃にはもう慣れっこな彼女は軽くあしらい、筆を進めた。
その様子をただ眺め、悪だくみはあるのかもしれないがあえて聞かないことにし、自分が何処へ行って、何を見てきたかを答えた。
それを黙って筆を進めながら聞いていた松本は、日番谷の話が終わると自分の考えを伝えた。
「それ、もしかしたら雛森の頭のどっかしらに隊長との記憶があって、早く思い出したいんじゃないですか?・・・自信ないけど」
「いや・・・ありがとう、松本。もしかしたらアイツの記憶を戻せるかもしれないな」
「え?」
夢で見た、雛森の記憶の戻し方・・・・・・挑戦してみる価値があるかもしれない、と希望を募らせ、後日雛森とあの場所へ行こうと思った。
その夜、日番谷は夢を見た。雛森との夢ではない。全く知らない小父さんが出てきたのだ。しかもわけの分からない事を言われ、起きた時は意味が分からなかった。しかし、その小父さんは確かに何か喋っていた。
はっきりとは覚えていないが、あの森に行くのは危険だ、そう言っていた。もしかしたら、夢のように虚に襲われるのかもしれない。
もしそれが正しいのなら、あの森へ行ってみて、虚を退治してから雛森をつれて行こう、そう決めた日番谷は、今日一日、休養を取った。松本は一瞬ためらったが、隊長が何を考えているのか悟ったのか、肩を落として首を縦に振ってくれた。そして、日番谷の背をポン、と一度軽く叩いた。
「危険な事しないで下さいね、雛森の為にも」
あぁ、と軽く返事をして、斬魄刀の氷輪丸を携えて執務室を後にした。
その背をただ見つめ、松本は溜息を吐いた。
日番谷の向かう場所はいつも危険だらけで、危険な事をしないなど無理な話。しかし、彼の背を護る立場である以上、安心させて前に進ませる為にも、今は優しくそう言ってあげる事が大事なのだろうと思ったのだった。