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LISET
第二章
「ここは・・・・・・」
「西流魂街。そしてこの家が、俺とお前が暮らしていた所だ」
中は人の気配がする。誰かが住んでいるのだろう。だから、中には入らず、当時の事を語り始める。
あの縁台に座って、おばあちゃんの切ってくれたスイカを食べていた。そして、俺とお前がであったのは、ここ。
稽古をつけてもらった庭はあっちだな。親父によく俺は教わっていた。お前もだが、あまり筋がよくはなかったから、真央礼術院行って大丈夫か不安だった。俺は軽々入学できたが。
「ここが、隊長と暮らしていた所なのね」
懐かしむ事が不可能なのに、何故か落ち着くこの場所。雛森は思い出そうと目を瞑る。しかし、何も思い出せない。
「無理しなくていいって。あっち、行こうぜ」
昔に戻った気がして、なんだが心躍る気分を味わっている日番谷に対し、今だ何も思い出せていない自分にしっかりしろ、と活を入れるように強く拳を握る雛森がいた。
故郷の家から歩いて20分程度の所。森に続く道が伸びていた。幼い頃、二人でよく来た、と日番谷は説明する。
少し薄気味悪い森であった。昼間なのに太陽の光が届かない。昔はこんなでもなかったが、いつの間にやら変わってきたらしい。
暫く進むと、開けた広場のような場所に出た。
「よくここで、俺とお前で稽古を隠れてつけてた」
父親の前で稽古を二人でやっていると、「女の子に何している」と怒られてしまう。なので、勿論手加減をして、雛森の稽古を日番谷はこっそりつけていた。
「懐かしいな」
当時稽古をしている間についた傷跡などが気についている。その傷を撫でながら日番谷は呟いていた。
ちょうどその頃である。背後に何やら嫌な殺気を感じた。
「雛森っ!伏せろ!!」
必死に走ってくる日番谷。とりあえず身を伏せると、その頭上を虚が飛んでいった。いや、飛び越えて行った。そして、日番谷向かって一直線・・・。
「隊長っ!!」
しかし、その虚は一瞬にして凍りつく。
「俺は平気だ。だが・・・・・・」
周りには多数の虚がいた。いつの間にか囲まれていたらしい。
「ったく、俺達の思い出の場所にまで虚が・・・・・・」
苛立ちながら、日番谷はゆっくり刀を解放した。そう、それこそ尸魂界で氷雪系最強と呼ばれている“氷輪丸”である。
「霜天に坐せ、氷輪丸!」
二人の前に突如現れた氷の龍。それが日番谷の強さの証なのだろうか。
「俺達の思い出の場所、壊させるわけにはいかねぇんだよ!!」
雛森と、彼女との思い出の場所を守る為に、日番谷はその想いを氷の龍に変えて戦っていた。しかし、敵の虚はかなり大きく、そして体力・攻撃力・防御力全てが高く、なかなか倒れない。それに引き換え、少女を守りながらの戦闘を繰り広げる日番谷は、あちこちに怪我を負っている。
雛森を気にしながら、氷輪丸で敵の攻撃をかわすが、相手はひるみもしない。
「どうして、貴方はそこまで戦ってくれるの?」
目の前でどんどん傷ついていく日番谷を見つめながら雛森は呟いていた。その言葉は日番谷には届いてはいなかった。そのかわり、雛森の目は見る見るうちに潤み始める。
「もうやめてっ!それ以上傷ついたら、死んじゃうよっ!!」
日番谷は気を失いかけていたちょうどその時、雛森の気持ちが叫び声に変わった。
「どうしてそんなに戦うのっ!?そんなになるまで、何故戦うの!?私のことは良いから、貴方だけでも逃げてっ!!」
「良くねぇ!!」
雛森の一言で目が覚めた日番谷は、氷輪丸の背から離れ、雛森の前に飛び降りた。そして、今まで伝えたくても伝えることが出来なかった言葉を吐き出した。
伝えたかったその言葉は、幼い頃から溜め込んでいた台詞であった。ずっと、恥ずかしくて我慢していたのである。
「俺は小さい頃から、お前のことが好きだったっっ!!!」
その頃氷輪丸は、日番谷の気持ちが伝わっていたのだろうか、日番谷の支持なしに虚を撃墜していく。勿論、二人のことを振り向きもせずに。
ずっと好きだったその気持ちは、つい先日の事件でかき消されてしまった、と思ったが、このすきだらけの記憶のない雛森が自分に振り向いてくれれば全てがチャラになる、そう思った。
だから、「当たって砕けろ」ではないが、日番谷は突然行動に出たのである。もしかしたら、この雛森は自分の事を好きになってくれるかもしれない。
だから、自分の持っている気持ち全てを込めて、動揺しているであろう雛森を、思い切り抱きしめることが出来たのである。
相変わらず、シャンプーは桃の香りのものを使っているのだろうか、抱きついた瞬間、桃の香りがした。
この気持ち、知っている・・・・・・雛森はいきなり抱きついてきた日番谷の横顔、背中を見つめた。見慣れている気がする。なんだろう、この、不思議な気持ちは・・・。
「忘れていても構わない。でも、俺の気持ちは変わってはいないんだよ・・・・・・。俺はお前が好きで好きでたまらない。ずっと・・・ずっと伝えたかったんだ。『好きだ』って言葉を」
いつの間にか大粒の雨が降り始めていた。
日番谷は伝えるだけ伝えたので、気を引き締めて必死に一人で自分達を守ってくれている氷輪丸の名を呼ぶ。
「氷輪丸・・・俺の気持ちに、堪えてくれ・・・・・・。卍解」
氷輪丸に刀を向ける。すると、今まで戦っていた氷輪丸はその刀に吸い込まれていった。そして・・・・・・・・・!
「大紅蓮氷輪丸」
日番谷と氷輪丸が一体化する、日番谷の卍解。それを間近で見、そして先程の言葉により、雛森は目を覚ます。
「シロちゃんっ!!死なないで!!」
上空に上っていく日番谷に大声で祈りかけていた。その言葉が日番谷に届かないはずはなかった。斬魄刀を固く持ち、虚に突っ込んでいった。
虚の大群は消えた。しかし、日番谷は雛森のところへは戻ってこない。心配になった雛森は、日番谷の名を呼ぶ。
「シロちゃんっ!?」
しかし、日番谷からの返事は返ってこない。雛森は、日番谷の突っ込んでいった場所へ無我夢中に向かう。何事もなかったかのように笑って、彼がそこにいるだろうと願って。
しかし、そこにいたのは大量出血し、動けずにいた日番谷であった。
「ごめん、雛森・・・。俺、守りきれなかった」
二人の思い出の場所。そこは見事に木が切り倒され、跡形もなく消えていた。
「今傷口を塞ぐから、喋らないで、日番谷君」
軌道の達人である雛森。記憶が戻った為、雛森は必死になって日番谷の手当に当たった。至るところが傷だらけで、治すのは困難であろう。しかし、大事な人である。難しかろうと大変だろうと、死なせるわけにはいかない。
「さっきはありがとね、日番谷君」
手当をしながら、先程のことを想い起こしながら話す。
「すごく嬉しかったよ、さっきは。ありがとう、日番谷君」
日番谷の方に目を移すと、彼は虚ろな目でこちらを見ていた。そのような目にさせてしまったのは、自分なのだろうか。
「それと、ね?・・・私も・・・・・・・・・