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LISET

  第三章


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ゆ・・・め・・・・・・・・・?」
「隊長、大丈夫ですか?ずっと唸ってましたけど・・・」
「あ、あぁ。寝ちまってたのか、俺・・・・・・」
「はい、かれこれ数時間ほどでしょうか」

時計を見ると、先程は3時だったのが、いつの間にやら5時半になっていた。机の上には放置されたままの書類が山積み置かれている。溜息をつき、書類整理を続けるが、先程の夢が気になってあまり手が進まない。いい加減副隊長の松本も感づいたのか、声をかけた。
「隊長、具合悪いなら席外したらどうです?」

松本はこういう時優しくて助かる、そう口では言えないが、心から感謝した。しかし、今の尸魂界の治安では、隊長が席を外す事は出来ない相談であった。
なので、日番谷は、肩をほぐしながら書類整理に当たった。あの夢が、正夢にならなければ、そう祈りながら。



二ヶ月前なら、今はこの十番隊執務室に来客が来る時間帯。仕事が忙しくなってきたから、ではない。四番隊にて看護を受けている。しかし、未だ目を覚ましたとの連絡が来ない。よって、十番隊隊長含め多くの死神たちは彼女、雛森桃の目覚めを心待ちにしていた。
最もその気持ちが強いのが五番隊三席の死神であろう。隊長・副隊長が抜けた今、五番隊をまとめるのが三席だからだ。指示を出すのも、連絡を受けるのも、隊員の悩みを聞くのも、仕事を隊内できちんとまわすのも、朝礼の挨拶も、何もかも。

そんなあの事件から三ヶ月半程度が経過した日の昼である。十番隊ではいつものように溜息ばかりの隊長と、そんな隊長を見ていられなくてここ暫くもの凄く珍しく仕事熱心な副隊長の元へ同じ隊の隊員が血相を変えて飛び込んできた。

「た、大変ですよ、日番谷隊長、松本副隊長!!!今すぐ四番隊へ、とのご命令です」
「四番隊?なんでまた。桃が目覚ましたんじゃないのに」
「まさにその時なんですっ!四番隊七席山田花太郎殿から直接連絡が入りまして・・・そう、仰ってました。本人が見たわけではないそうですが、卯ノ花隊長が言うのだから確かだ、と・・・・・・・・・」
「それ、本当だな?」
「はい」
「頼むが、夕方までに俺たちが帰って来なかったら、松本の分の書類は大したものがないからやっといてくれ。俺のはお前たちでは無理なものだ。隊長印は俺が押さないと意味が無い」
「かしこまりました、隊長。行ってらっしゃい」
「おうっ!・・・急ぐぞ、松本」
「わかってます、隊長っ!」

松本の台詞が終わらないうちに、二人はその場からいなくなった。急ぎの用事なのでいつもよりも猛スピードで駆け抜けていった。


同じ頃、五番隊執務室にも隊員が駆けつけていた。いつもなら藍染と雛森のいる部屋にいるのは、三席一人。

「只今、雛森副隊長が目を覚まされたと連絡が入りました」
「何だと!?わかった、すぐ救護室へ向かう。この書類、頼むがやっといてくれないか?」
「了解しました」


そして、三番隊の吉良の所にも、六番隊の阿散井、九番隊の檜佐木、その他多数の死神の元へ、この知らせが届き、全隊の隊長・副隊長が四番隊へと集結した。



そして、一番隊、五番隊、十番隊、六番隊、九番隊、三番隊、十三番隊、八番隊、二番隊、七番隊、十一番隊、十二番隊、という順番で室内に入った。こうなるだろうと卯ノ花が予め広い部屋を用意し、そこに移動したのであろう、とても綺麗な部屋だった。
その部屋の窓は出窓で、そこには無数の今まで送られてきた花束が置かれていて、日差しに照らされて綺麗に輝いていた。そして、その窓の手前に置いてある桃色のベッドの上に、雛森が座り、花を眺めていた。

「雛森副隊長、皆揃いましたよ」
卯ノ花が花を眺めている雛森に声をかける。ゆっくりこちらに視線を移す雛森。その表情を見て、誰もが息を呑んだ。どう見たって、あの時より確実にやせていて、弱々しい。こんな彼女を見たことが無い、と思うほどであった。

「ここでお知らせがあります。聞いてくれますか?」
卯ノ花の問いかけにその場の雛森以外の全員が頷く。
「雛森副隊長は、あの日より前の事を、忘れてしまっています。つまり、記憶喪し「何だってっ!!?」
前に出て、口を挟んだのは言うまでも無い、日番谷であった。あの日の夢・・・実現して欲しくない、そう毎日願い続けいていたのに。完全ではないが、今ここで同じ事が起ころうとしているとは思いたくない。自分を落ち着かせる気持ちで卯ノ花に問いただすが、何度訊いても返事が同じである。
「嘘ではありません。嘘だと思うなら、本人に聞いてみれば良いでしょう、日番谷隊長」
「なっ!!」
もう、夢の中で言われたことを、そう何度も聞けないし、聞きたくもなかった。その後は先程の勢いがまるで嘘のように黙りこくる日番谷。
その様子が切なく、いつの間にやら松本の目元が潤んでいた。日番谷と雛森がうまくいくように見守り続けていた全てが、無駄となってしまったのだろうか。

「この後について確認させて頂きます。とりあえず仕事をこなすほどの知識などは残っておりますが、それ以外の個々の記憶は全くないに等しいようです。とりあえず五番隊には戻しますので、よろしくお願いします、五番隊三席」
「はい」
「それと・・・・・・・・・」

卯ノ花が話している全てが聞こえないくらいの思考を巡らせていた日番谷の目は固く閉ざされ、またこぶしも僅かだがワナワナ震えていた。
彼が何を思っているのか、その場にいた誰しもが気づいていた。そう、ベッドに座ってこちらをただボーっと眺めている彼女以外。せめて、日番谷の事くらい覚えていてもらいたかったのがその場にいた殆どの人の考えであったのだろう。ただ卯ノ花の確認などを頷いて聞いていた。

「日番谷隊長、大丈夫ですか?」
「・・・・・・・・・」
「隊長?」
「・・・へ?」
「これから数日、雛森副隊長を泊めてあげてください」

日番谷に頼んでいた卯ノ花だったのだが、深い、深い思いに沈んでいた彼には声が届いていなかったらしく、松本が肩を叩かなかったら一生物思いに耽っていたに違いない、と思うほど眉間に皺が寄り集まっていた。
卯ノ花の頼みに日番谷が小さく頷き、その場は解散になった。



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